クラシック音楽に興味を持った方へ

6月 11th, 2014

クラシック音楽は街でもよく聴こえてきますが、なんとなく高尚なイメージがあったり、取っつきにくいイメージを持っていませんか。そして興味を持っても、どこから入っていいのか迷いやすい音楽の分野でもあります。ここで、クラシック音楽に興味を持った方が、その後どのようにアプローチしたらよいか、ちょっとしたコツをご紹介します。
今、クラシック音楽のCDは廉価盤として過去の有名な名演奏を安い値段で楽しむことが出来ます。CMやドラマ等でおなじみの曲ばかり集めたCDも多く出回っているので是非聴いてみて下さい。そして、いいと思った曲や演奏者、楽団・指揮者はチェックしておきましょう。あなたの好みの傾向が分かります。そして、例えばベートーべンの交響曲「英雄」をあなたが気に入ったとします。そうしたら次にベートーベンの他の交響曲も聴いてみましょう。そうすると派生的にどんどんあなたのクラシック音楽の世界が広がるはずです。クラシック音楽に詳しい店員さんに売れ筋やお勧めを聞いたり、相談してみるのもいいでしょう。
また、CDから入らずとも、会場に直接クラシック音楽を聴きに行ってみるのもお勧めです。CDとは違った、力強い生きた演奏に感動することでしょう。
クラシック音楽はあなたが思っている以上に身近な存在です。新たな世界へのドアをノックして一緒にクラシック音楽を気軽に楽しんで頂けたら幸いです。

実家の納屋や蔵に骨董品が眠ってる。

6月 11th, 2014

私の実家は、兵庫県のど真ん中あたりにある、かなり田舎にあります。
私からいって曾祖父母が住んでいた土地に、両親が建て替えてすんでいましたので家は新品でした。
が、敷地内に、納屋が2つ、蔵が1つありました。
子供のころ、納屋も蔵もどちらも暗くてクモの巣はってて、じめっとしたところでしたから、滅多に近づくこともなかったです。
祖母が、昔、納屋の中に大蛇がいたとか、巨大なカエルがいたとか、話してるのを聞いていたから怖かったから余計近づかなかったのでしょうね。

その納屋も老朽化がひどくなり、台風の時に屋根が飛んでしまったら大変ということで取り壊ししようかということになりました。
壊すのはいいんですが、中に入ってる物を片づけなければいけません。
両親が休日ごとに少しづつ片づけることになったので一緒に納屋に入ってみました。

するとほとんどがゴミです。
動かなくなっている農機具、ちゃわんのかけらや何が入ってるのか分からないような袋。

それでも鉄茶瓶がありました。
あと、蛇の目傘、蓑、わらじ、などなど珍しいものが出てきました。
「これ、値打ち出てるんじゃない?」と父が骨董品業者に連絡しました。
すると鉄茶瓶が8500円で売れました。
ほかにも掛け軸など数点が売れて、驚きです。
ゴミだと思ってたのに、また誰かに買われていくのかもしれないと思うとうれしい気持ちになりました。

今も昔もかわらない読まれ方

6月 11th, 2014

絵巻物には、源氏物語絵巻などのように、あるワンシーンの止まった絵と、詞書が交互に並んでいるものと、信貴山縁起絵巻のように動きのある絵が続けて描かれているものがあります。
前者は主に恋愛を扱い、後者は縁起話や波乱万丈のストーリーを扱っています。
これを、現在に置き換えて、前者を少女漫画、後者を少年漫画と考えると理解しやすくなります。
前者の少女漫画的絵巻、いわゆる物語絵巻についてご説明します。
代表的なものは源氏物語絵巻、紫式部日記絵巻などです。
いわゆる引目鉤鼻と呼ばれる形式で、美しい十二単をまとった女性が描かれます。これは、その時代の美人を表したものです。この美しい顔には感情移入をしやすくする効果があります。
絵とともに並べられる詞書で気持ちを高め、そのシーンの絵を見て物語に深く入り込む。当時の女性たちはそういう読み方をしていたと思います。
現在の恋愛を扱った少女漫画も同じです。定型の可愛らしい顔は、安心感を与え、感情移入を容易にします。そして、ストーリーの進み方ではなく、登場人物の感情に話の重点が置かれます。
読み手もそれに感情移入して読み進めます。
今も昔も、女性は感情豊かに、そういった物語を楽しんできていたのだと思われます。

美術品等の価値は誰が決めるか

6月 11th, 2014

骨董品や美術品の価値を決めるのは一般的には、骨董商や画廊の主人だと思います。
実際購入するのはそういうお店だし、他の入手ルートを探せるのは作家と知り合いや、実は自分の家で持っているものが出てきたりだと思います。

しかし、本当にその骨董品や美術品は価値があるのでしょうか。
現代有名な画家でも発表当時は酷評され価格も今とは比べ物にならないほど、低価格などざらだと思います。

結局美術品の価値は世論や風潮風土によりその時々で変化していくもので、他人が認めた瞬間に価値が決まるのでは、と思います。
例えば、手作りのバックで想像してみましょう。
一人の人が手作りしたバックを他の人がほしいと言います。
この時点でこのバックは価値が決まると思います。
作った価値出はなく誰かに認められることが価値の対外的な発生だと思います。

しかし、作った本人たちからすれば、誰かに価値を認めてもらうのも必要だとは思うでしょうが、作った人にとってはどんな作品であっても価値があり金額にすることは出来ないのではないかと、私は考えています。
自分のこども書いた絵やよくわからない置物でも、金額には変えられない価値があると思え、価値を決めているのは一人一人の価値観であると最終的に思うのでした。

ダ・ヴィンチもライバル視した「変人」ミケランジェロ

6月 11th, 2014

ミケランジェロはルネサンス期の彫刻家、画家、建築家、そして詩人です。様々な分野で優れた作品を残した多才さから、万能人、ダ・ヴィンチと比較されることが多かったようです。
さて、その天才ミケランジェロは、実は貧しい貴族の生まれで、権力に反発し、自信家であまのじゃく、非常に偏屈で、変わった人だったとのこと。しかし、かの有名なシスティーナ礼拝堂の天井画は、教皇ユリウス2世に依頼されて作成されたものです。権力に反発するミケランジェロは、なぜユリウス2世の依頼を受け、あの大作を完成させたのでしょうか。
ミケランジェロは礼拝堂の天井画を描くことを嫌がっていました。国の王にも反発するミケランジェロは、ユリウス2世と喧嘩し、一時期ローマを離れていたそうです。しかし、ユリウス2世は大変な暴君で、ミケランジェロを呼び戻し、ほぼ無理矢理天井画を描かせたとのこと。無理矢理とはいえ、ユリウス2世がいなかったら、あの名作は生まれていなかったわけです。
システィーナ礼拝堂の天井画は世界最大の壁画として知られていますが、今や観光地のひとつとなり、たくさんの人が訪れますが、神聖な場所なのでお喋りは禁止となっています。ミケランジェロといえば、この天井画の他、ダヴィデ像も有名ですね。
没後400年以上経った今でも「神」と称されるミケランジェロですが、その人物像は反骨精神旺盛で一筋縄ではいかない人でした。しかし、そんな変わった人だったからこそ、あのような唯一無二の芸術作品が残せたのかもしれません。

フェルメールの真珠の耳飾りの少女

6月 11th, 2014

2012年、フェルメールの真珠の耳飾りの少女が上野東京美術館にやってきました。
かねてからフェルメールのファンだった私はもちろん足を運んだのです。
真珠の耳飾りの少女の絵自体は小学校に飾ってあったレプリカで知っていましたが、興味を持ち始めたのは同作品をモチーフにした映画がきっかけでした。

話自体は、フェルメールとその絵をモチーフにした創作でしたが、とにかく映像がとても美しかったです。
そこから、フェルメールの画集を図書館で眺めたりフェルメールにまつわる本を読んだりしているうちに、すっかり虜になっていました。

フェルメールの作品は三十数点しか残されていません。
そしてその内の数点は贋作疑惑があります。
そんな寡作な作家だからこそ、一点一点の作品の解説がしっかりされている本が沢山でています。
そして、贋作疑惑のある作品の解説も興味深いです。

フェルメールの作品で魅力的なのは、光です。
窓辺に立つ女性をモチーフにした作品が多く、そこから差し込む柔らかな光がとても美しく思わずため息が出てしまいます。
そして女性の身につけているモチーフや女性の表情が、みている者の想像を膨らませます。

そんな中で、黒をバックにした真珠の耳飾りの少女は、実はフェルメールの中では少し珍しい作風なのです。

生で観たその作品は、やはりとても美しかったです。
少女の絶妙な表情に吸い込まれそうになる私でした。

笠間焼を実際に使って…

6月 11th, 2014

茨城県の笠間市の土で作られる笠間焼という陶芸品があります。特徴としては、私個人の感想ですが、素朴さの中にも味わいのある色合いや形で表現され、温かみのある作品だと思います。何人もの作家さんがいらっしゃるので、作家さんごとに個性はいろいろなのですが、全体的に共通の何かがあると感じます。そもそも笠間焼に初めて出会えたのは、学生の頃にバイトをしていた居酒屋さんが、コップなどの一部をのぞいて、ほとんどの料理を笠間焼の器に盛っていたからなんです。笠間焼にも鑑賞用のみの作品はありますが、実際に器として使えるものは、料理も映えますし、焼き物自体も良さが伝わる気がします。
けれど、そのバイトで悲しかったのは、洗い物をしていて、高価な笠間焼を割ってしまうことでした。店主は器を割ることには怒らないのに、モタモタしてるのは注意されたので、とにかく急いで仕事をしていて、よく素晴らしい焼き物をダメにしてしまったものでした。
その後、卒業し社会人になって茨城県からは離れたのですが、何度か笠間に遊びに行って、笠間焼の体験工房でロクロをまわしたり、美術館で笠間焼の作品を観たりするようになりました。学生時代は貧乏学生だったこともあり、自分で笠間焼を買うことはできませんでしたが、最近やっと笠間焼のお皿とカップを自分用に買い、眺めるだけでなく、それで料理を食べ、コーヒーを飲み、一人で堪能しています。とは言え、そんなに値段のはる作品ではなく、手が届く範囲のもので楽しんでいます。それでも、やはり料理はおいしく見えるし、大切に扱って割らないようにしています。

ヴィルヘルム?ハンマースホイの美しさについて

6月 11th, 2014

大学時代、とはいっても、とあるお遊び大学の授業の課題で、美術館に行ってそのレポートをかけ、というものがありました。
テーマが自由だったらよかったのですが、確かその当時やっていた企画展がいくつか上げられ、その中から選んだと思います。
ヴィルヘルム?ハンマースホイを選んだのは確か、入場料が一番安かったから。
そんな不順な動機で見に行ったハンマースホイに、私はまんまとハマってしまったのです。

誰でも知っている有名どころの画家をあげてみるとすれば、ムンク、ゴッホ、ピカソあたりでしょうか。
人物にしても背景にしても、どれもインパクトのある画風であり、モチーフです。
それに比べハンマースホイは、静かな違和感、というべきでしょうか。
シュールレアリスムのような明らかにおかしなものは描かれていないのだけど、ふと振り返った時に今まで話していた友人が消えたような感覚を覚えました。
人物を描いても目線はしたを向いたり横を向いたり。
後ろ姿だったり。
誰もいない、けれど妙に人の気配がする室内の絵だったり。
ハンマースホイの描く絵のほとんどがそんな、他の画家のものとは一線を画すものです。
静かで奇妙な世界に浸りたいとき、オススメの画家です。

彫刻作品の観賞と魅力

6月 11th, 2014

以前まで、美術館で見る作品と言えば絵画が中心で、それほど彫刻には興味を払っていませんでした。もちろん、有名な『ミロのビーナス』などは一生に一度見てみたいと思っていましたが、有名だから見たいと言うだけで、それほど興味があるものでもなかったのです。
そんな意識でしたが、最近は、彫刻を見ることにはまっています。それは、彫刻の素晴らしい作品達に出会ったからだと思っています。
まず、私の意識を変えてくれたのは、ローマの彫刻でした。数年前、日本でローマの彫刻作品の展示会が開かれました。私が行ったのは、その時代の歴史を学ぶのがとても好きだったからです。ですが、行って、その彫刻作品に心を惹かれました。真っ白な大理石に彫られた、古代の戦士、皇帝たちの姿は、間近で見ると迫力があって圧巻でした。大きなアウグストゥスの彫刻は、その時代に皇帝を見た人々の尊敬の念や畏敬の気持ちを感じるものでした。
もう一つ、私が興味をひかれたのは上の美術館の常設展示であるロダンの彫刻作品です。ロダンと言うと『考える人』しか知らなかったのですが(そして、あまり写真で見ている分には好きではなかったのですが)いくつかある彼の彫刻作品を見て驚きました。間近で見ると、その肉体美、筋肉の躍動感が伝わってくる作品だったのです。
彫刻の魅力は、360度見ることができること、そして立体的であるがゆえに迫力が伝わりやすいことかと思います。その美術家がどこに注目していたのか、どのように彫っていったのか、どこに感動したのか、そんなことを感じることができるために、私は今、彫刻作品を鑑賞することにはまっているのです。

美術品についての価値観の違い

6月 11th, 2014

祖母宅には大量の壷や花瓶、茶道の茶碗などが乱立していました。
飾ると追うより、まさに乱立。
特に関連性も無く並べられ、物によっては飾られ埃をかぶり、
また違うものは箱に入ったまま十何年と押入れに。

どうやら早くに亡くなった祖父が骨董品や美術品を集めるのが趣味だったようです。
しかし、残された祖母はまったくそれらには興味が無く、
価値についても知れべようともしませんでした。
今のようにネット社会では無いというのもあり、調べるためには図書館へ通ったりせねばなりませんし、
たとえ高価なものであったとしても、鑑定士に「価値はありません」と言われればそれを鵜呑みにするしか無かったからかもしれません。
興味の無いものにそれだけの労力を注げるかというと、すでに当時で60歳を超えていた祖母には難しかったことでしょう。

昨年にその祖母も亡くなり、残された骨董品や美術品たちは私たちの手に託されました。
ネットの情報を頼りにいくつかのものの大体の価値は分かりました。
どれもそう高いものではありませんでしたが、なんせ数があります。
分かる範囲でも売り渡せば、家族旅行に行ける程度にはゆうになります。

しかし、私たちは結局そうはしませんでした。
骨董品や美術品の価値は分かりましたが、祖父母の思い出の品として手元に残す事を選びました。
価値の分からない私たちが持っておくよりも、価値の分かる方の手に渡ったほうが幸せなのかもしれませんが、
私たちは「思い出」という価値を選んだのです。